蘇るメリノヴォのマトリョーシカ

メリノヴォは、ケルジェネツ川のほとりにある古儀式派(ロシア正教会における反改革派、また古い儀式を守り続ける分派)の村です。1922年、この村で旋盤工のアルセンティ・マヨロフが初めてマトリョーシカ人形を彫り、ガチョウの羽根ペンとアニリン染料(布用染料の一種)で彩色しました。その後、村人たちと彼の娘たちが人形に彩色を施し、悲しげな目つきで無表情なイコン(ロシア正教を含む東方正教会の聖像画)を模した顔を、エプロンには大きなバラのような花を描きました。マトリョーシカは、1950年代にセミョーノフ、1960年代にポルホフスキー・メイデンにも広まりました。
その後、セミョーノフに玩具工場が開設され、マトリョーシカ人形の彩色方法がより簡素なものへと変化し筆で直接描かれるようになったのです。メリノヴォの女性職人たちも、セミョーノフの新しい技法で彩色するように再訓練を受けました。そして1960年代には、メリノヴォの彩色技法は姿を消してしまいました。

そして時を経て2015年、セミョーノフスカヤ・ロスピス工場で主任画家として働いていたタマラ・カリヤヴァはメリノヴォ様式を復活させようと決意しました。
彼女は工場で修復することを提案し、おもちゃやマトリョーシカ人形の多くのバージョンを作成し、美術工芸専門家評議会に提出しました。すべての作品が受け入れられ、高い芸術的価値を持つ作品として認められました。

「タマラ・カリヤヴァの言葉」
私はメリノヴォの絵画を10年間制作しています。これらは民芸品として認められるに値すると信じており、それらに新たな命を吹き込んでいます。鳥のデザインは、メリノヴォの伝統に基づき、そのスタイルと特徴を考慮して、私自身が行っています。この箱は、長年親しくしている大切な友人にちなんで「ガールフレンド」と名付けました。
また再び夢のある作品が見られる、こんな素敵なことはじっくりと味わいましょう!