◎  ◎     マトリョーシカ    ◎  
1900年のパリ万博で発表され世界的デビューを果たしたマトリョーシカ。
たった100年ちょっとで長い長い歴史を誇るロシアのシンボルとなりました。
軍事大国のイメージばかりが先行するこの国にマトリョーシカの存在は大き
いかもしれない。特に私たち外国人にとって、マトリョーシカを通してロシアを
見る目は変わってくるのではないでしょうか?
マトリョーシカ誕生

1890年代後半日本を訪問したロシア人が母国に持ち帰ったのが箱根の入れ子人形。
中から次々と人形が出てくるこの細工に興味を持ったのが始まりとされています。  
研究に研究を重ね、プラトークをかぶりロシアの庶民的な民族衣装をまといにわとりや
カマを持ったロシアらしい女の子をモデルにしました。名前もロシア女性の「マトリョーナ」
から「マトリョーシカ」。ロシアのマトリョーシカに携わる文献には日本の入れ子人形から
ヒントを得たということは「・・・という一説もある。」と付け加えられています。完全に肯定
していないのは、事実関係の是非というよりも入れ子は入れ子でもマトリョーシカという
まったく違うスタイルを作り上げたという誇りの現われでもあるような気がします。

ヒントになったと言われている日本の入れ子人形
モスクワ郊外のおもちゃ博物館に展示されています。
パリ万博で発表されたマトリョーシカ。
翌年にはヨーロッパ各地から注文が相次いだそう。
マトリョーシカができるまで

マトリョーシカの素材となる菩提樹は伐採された後、一年間乾燥します。
その後、マトリョーシカの形になるよう機械を使って削っていきます。現在も機械で
オートメーション化などされずひとつひとつ人の手によって出来上がっていきます。
マトリョーシカを繰り抜くこの機械も
思案に思案を重ね開発されました。
下地剤を手で塗り塗り。
にじみを防ぎ、乾きを促進させます。
丁寧に絵付けしていきます。
ニスも手で塗り塗り仕上げます。
マトリョーシカの額の穴

マトリョーシカの額に小さな穴があるのをご存知でしょうか?マトリョーシカだけでなく、キーホルダーやマグネットなどの雑貨類も同様に穴があるのです。これはマトリョーシカのまん丸い輪郭をとるためコンパスで円を描くためできるものです。作品により目立つか目立たないかには差がありますが、100年前から変わらない作り方を守り続け、作り手の魂が込められたマトリョーシカは時代を超えロシア各地でに作り続けられています。古きをたづね新きを知るロシアの良き習慣がここにも。
                               
ロシア各地のマトリョーシカ

広い広いロシアのあちこちでマトリョーシカは作られています。海外に輸出する大きな
工場から個人の作家まで、数えるときりがありませんが、地域的に大きく分けてみると
次のようになります。セルギエフパサード、セミョーノフ、モスクワ、サンクトペテルブルグ、
ノリンスク、メイデンなどです。それぞれの工場によってマトリョーシカも特徴がありますが、
アーティスト作品はどこもたいへん個性的です。